原発いらない!福島県民大集会に参加して

2012年03月11日 10:50

あの3月11日から1年がたちました。
今年、私は福島県郡山市の野球場での集会に参加し、16,000人と共に14時46分黙祷を捧げました。

オープニングコンサート加藤登紀子さんの歌「いまどこにいますか?」を聞きながら、大勢の亡くなられた方を想い涙があふれました。
その後の大江健三郎さんのメッセージや被災された県民の訴えに耳を傾けると、1年経ってもその傷は癒えることはないことを思い知らされました。

夕方、16,000人のデモ行進です。
全国各地から平和団体、労働組合、生協、脱原発運動団体などそれぞれの旗をなびかせながら寒空の中を市内中「原発いらない」を訴えました。

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翌日、震災復興状況視察・原発影響確認コースというツアーに参加しました。
雪の舞う寒い郡山から飯館村に向かう途中、持っていた線量計がピーピーとなり続きます。
0.3マイクロシーベルトをずっと超える状態で、高いところは1.46、(茅ヶ崎では0.05が普通)。
飯館村は全村民避難対象、原則住んでいません。店舗は全部閉まり、ガソリンスタンドが1軒、室内は線量チェックすれば住めるので、老人ホームや工場1軒だけ開いていました。
役場は5人だけ残っています。
日本一美しく、人口が増えていた町が壊れてしまいました。

その後、南相馬市萱浜(かいはま)地区の津波被害状況を視察しました。
がれき、災害廃棄物は片付けられ一か所に集められその行き場はまだありません。
福島のがれきは、いまだ他の地域には搬出できていない状況です。
案内してくれた南相馬の職員労働組合委員長の鈴木さんに話を伺うと、「除塩、除染しないと田んぼは再生できない。その見通しはまだたっていない」とのことです。

お米から放射線セシウムがでて、お米が作れなくなった霊山(りょうぜん)地区に入ると、線量計は1.05、雨どいはなんと63.5本日最高値を検出。

こんな中でも人々はそこに暮らさなければならないのです。
福島の復興は遠い。


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