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広島 平和祈念への旅!

2011年08月06日 18:59

広島被爆66年、6日平和祈念式に私は初めて参加しました。
ロープが張られた外側でしたが、菅首相も松井市長の演説も聞き、共に黙とうを捧げました。

高校の修学旅行で行って以来、実に40年ぶりの訪広でした。
選挙が終わり、3.11後の支援をしている中、脱原発の運動は、ヒロシマからフクシマにも通じるはずであると考えていました。
  

脱原発のデモ行進、岩国基地見学、原爆資料館、ヒロシマ賞を受賞した「オノヨーコ展」、ヒロシマ集会などに参加しました。
その中で、「内部被ばくから問い直す核、原子力体制」の集会の「原爆と原発のマジックを読み解く」アーサー・ビナードさんの報告は、私の疑問をすっきりと解いてくれました。
 

66年前、広島は被爆し、その8年後、陸軍から天下りで米大統領になったアイゼンハワーは、国連の演説で、市民から批判のあった核をなんとか進めようと、原子力の平和利用=原発の推進をぶち上げた。
驚いたことにまんまとだまされたのが日本人で、しかも広島の人々であった。
広島が核の被害を受けたのだから一番に平和の恩恵を受けるのがあたりまえと原発を喜んで受け入れた。
世界には430基の原発があり建設中で530基にもなる。(日本は54基)
核兵器=核燃料、原爆=原発である。
原子力の平和利用だとひっかかっていると脱原発は進まない。
アイゼンハワーは1000発から22000発も核を増やし、世界での核実験は2051回。
世界ではウラン採掘を被ばくしながら進めているのである。

つまり、広島は原爆の被害にあったテーマパークになってはいけない。
すべての核兵器核燃料を廃絶することを訴えられる唯一の都市になるべきである。

という力強いメッセージでした。



平和式典の菅首相は、原発に依存しない社会を目指し、非核三原則を堅持すると誓いましたが、迫力はありませんでした。
松井市長は被爆者の体験談を引用し、核兵器廃絶と世界恒久平和を宣言しましたが、自民党の推薦を受けているせいか、脱原発をはっきり訴えられませんでした。

ヒロシマはいまこそフクシマへ通じるメッセージを送るべきであったと思いました。


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